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(投稿終了)独身平社員異動の顛末 ブログトップ
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(8)東京 [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

東京に転勤になりました。
9月から、いつまでだろう。
一旦、別の話だけど東京に行けって言われてたから
ボクも親も、割と「あ、そうですか」って感じだった。

先週飛行機に乗って
日帰りで部屋を探して決めてきた。
千葉の市川、行徳というところ。
決めてからいろいろ調べてみたら
どうも治安がとびきり悪いらしい。
家賃の条件を気にしすぎて、それを気にするのを忘れてた。
実際どうなのかは、住んで分かるんだろうけど。
根が田舎者だから不安この上ない。

でも、まともな行き先がようやく決まって
その点ではよかったのかな。
ある業務に関しての熟練者という
またとんでもなく大間違いな触れ込みで乗り込むから
きっと自分の出来の悪さにがっかりしたり
イライラしたり落ち込んだりするんだろう。
それはそれで仕方がない。
肝心なのはそれからどう前へ進んでいくのかだ。

6月に面接に行った時に乗った山手線のサラリーマンは・・・
いや東京で見た人々は
なんとなく感情の見えない顔をしてて
帰りの新幹線で西へ向かえば向かうほど
どんどん人の表情が穏やかになってきた。
初めての東京圏の生活で
ボクはどんな顔で毎日を生きていくんだろう。

明日荷物を引き取ってもらうから
荷造りでかなり慌しい。
パソコンも電源外さなきゃ。
それじゃ落ち着くまでまた。


(7)次がある [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

6月最終週某日。
会社の事務所は2つ部屋があって
開発用の部屋に一人いるんだけど
たまに社長(こちらもおしゃべり好き)が入って
案件の話とか、今の仕事に至るまでの経緯(自慢話みたいなもん)とかを
喋るんだけど
遂に、この日社長の口から
こんな言葉が出た。
「・・・広島から引っ越さんほうがよかったな。」

ほらみろ。思わず皮肉な笑みを出してしまった。
これである意味、救われた気がした。
モヤモヤしていた感情が、正しいと公認されたようなものだから。
これで、次の仕事、どこでどんなんだろうができるよ。

7月2週目。
京都の案件の開発が開始。
金融系だけにCOBOL。
まともにしたことないけど、まぁなんとかなるでしょう。
早くちゃんとできるようにして
周りに気を遣われないようにしよう。

さてJavaの勉強だけど
勉強がてら、社内Webシステムを作ってみることに。
サーブレット、アプレットに
実はあんまり知らないHTML関連。
実用化するかどうかは出来次第。
メンテナンス誰がするだとか、ネットワーク構築がどうとか言われたけど
もともとあった話を誰も手をつけなかったんだから
そんな話は出て当然。
誰もしない(できない)んだったらするしかないでしょう。
いろんな話はできてからだ。
やってやろうじゃあないさ。
仕事は自分で面白くするもの。
自分で惰性にはまったくせに「つまらない」なんてなったらおしまいだ。


(6)仕切り直し [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

広島から離れて4日目。
松江の自社事務所から、休憩時間に書いてます。

次の行き先が決まるまで
自分のできること、求められるであろうことをしなければと
Javaの知識を整理+再学習。
Ecripseを利用して、GUI開発の基本を確認し
Tomcatを使ってサーブレットの再学習。
いろんなソフトを試してみたものの
セットアップが書いてある通りにはうまくいかない。
ま、いつものことだけどね。
まずはとにかく、Javaでどんなものが作れるのか
どこまで作れて、どこが難しいのかを
自分自身で把握しないと。
今はサーブレット模索中。JSPも把握したいな。
自分の武器として使いこなすために、しなければ。

山口に仕事があるらしい。
これも面接次第だけど。
格好とかがかなり厳しく、派手な出で立ちはマズいらしい。
コットンスーツとか派手目のシャツは
そこに行くなら暫く封印だな。
ま、仕事以外は関係ないから、そこで遊ぼう。
TPOは大切。
仕事場の環境はいいらしいから、なんとかGetしなければ。


(5)どこへ行く [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

6/9。広島で別の会社との面接。
勤務地は東京で約半年。社長同席。
翌日、不採用の連絡が社長から。
ホントかウソか分からんけど
面接時点で、経費面で難しそうな話が出てたから
ある意味予想通り。
社長ともダメだろうって話したし。

で、明日13日、広島のマンションを引き払い、島根に帰郷。
金曜から荷造り始められたから、大分余裕はあるけど
小間物がなかなか片付かない。
単身引越ボックスに収まらない自転車とカーペットは別途配送。
自転車は、買ったお店が格安で配送してくれたし
(某Y社は1万超えるのに、3150円でしてもらえた)
カーペットもネットで調べた金額の半額で、何故か配送してもらえた。

山口の仕事があるとかないとか。
あくまでも社長の構想だから、あて半分。
でも、島根に仕事があるわけじゃあないから
また外に出るのは確実だろう。
山口でもいいけどな。田舎加減がちょうどいい。
実家にも広島にも近いしね。

先は全く分からない。
ここまで来ると、グレ続ける気持ちもなくなって、落ち着いてきた。
Javaの復習もしっかりしてるけど
そんなんじゃなくて、とにかくまともに仕事を再開したい。
会社も社長も、無駄に経費使いたくないだろ?


(4)自分の身は自分で守れ [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

6月2日。
自宅待機。次の面接日が今日決まる。
っつってホントに待機なんてする気なし。
有休にしてしまえばいいし、洗濯してから外出。
髪をバッサリ切る。
イメージを言ったら「中田(英寿)風?」と言われ
多分その通りなので中田風に。
ちょっと激しいが、割といい。
次の面接用に、念願のワイシャツ専門店で2枚購入。
パルコでネクタイとカフスを購入し、ランチは2時前。

郵便局に寄った後、社長から電話。
来週木曜に面接、それまで島根の事務所にいることに。
仕事は半年弱。東京らしい。
広島で面接することは前日聞いていたけど
そのときは仕事場も広島だって聞いてたから
引越しはなくなるかも、と思ってたのに
やっぱり離れることになりそう。
日が替わる毎に聞く内容も変わって、いったいどれがホントなんだ。
いちいち気持ちが落ち着かない。

馴染みのお店へ行って、長話。
東京の店は接客が横柄だったりするそうな。
広島くらいが丁度いい。

6月3日。
朝一のバスで松江に10時半到着。
事務所に直行。
社長から次の面接についてのコメント。
「もう後がないから」
後がないのは誰のせいだよ。
「今度はヘマしないように」
ヘマもクソも、やりようがなかったんだよ、あんな状況じゃよ。
不信感、更に加速。

事務所にいる間にしようとしてるのは
Javaの復習と、経歴の整理。
特に経歴の整理は絶対だ。
面接のきっかけとかはもらえても
結局面接されるのは自分で、誰も助けてくれない。
同じ会社だろうが上司だろうが結局他人だから
ボクの経歴全てを詳しく知ってる訳ないし
自分のしてきたことくらい、自分が正確に把握して
自分の言葉でアピールできるようにしないと。
他人任せじゃ、自分の位置を確保できない。
自分が生きていくためには
他の誰でもない、自分を頼るしかない。
『一人一人が、経営者であれ』みたいな言葉が
就職活動中の会社案内とかによくあったけど
その意味が、それが全てじゃないけど、分かった気がした。

実家に帰り、土日は久々にたくさん睡眠が取れた。
家のごはんが、野菜が美味しい。
張り詰めてた身も心もほぐれてきた。
久々に友達とも会って話して
人によっては今回の件に意外な反応があったりして。
話すだけでも、顔を見るだけでも、不安定な感情が落ち着いてくる。
徐々に気持ちが前向きになってきたようだ。


(3)サクラチル [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

結果から言うと、落ちました。
聞くまでもなく、面接途中で分かりました。

社長や課長から聞いていた話とまたもや違って
仕事を紹介してもらった人が面接するんじゃなくて
担当の部長さんと係長さんが2人で面接。
事前に送った業務経歴書を基に、激しい質問攻め。
全く詳しいことを聞いてなくて
そういう面接に対応する事前準備を全くしていないのだから
まともに答えられるわけがない。
自分のしてきたはずの仕事内容に考え込んで
使った技術とかソフトウェアとかのことも忘れてて
落ち着いて話しているつもりでも
準備ができてなければ、要点を喋るなんて到底無理な話。

係長さんの書いていたスキルチェックシートがちらっと見えた。
1~3で、数字が大きいほど技術が高い。
で、見えたのは、全部1に○・・・。
「こりゃダメだ」
気持ちはあきらめで半笑い。挽回不可能。

自分の会社と違う会社の人間と仕事するのだから
スキルの高さを求めるのは当然の話で
「面接」と聞いた後から準備をしていなかった
正確には時間がなくてできなかったのは
当然ボクの過失で、こんな結果になったのは当然のこと。

ボクの技術を、社長は明らかに高く見積もり過ぎている。
ボクはまだまだそんな技術なんて持ってない。
何より、社長は考えが甘い。
コネで仕事がいつでももらえるって思ってやしないか?
そもそもは、ボクに力がなかったことが原因だけど
こういう結果になるって想定してたとは思えない。
ほら言ったこっちゃあない。
広島の仕事をいきなり切ってまで
危険過ぎる賭けに出たのが裏目に出たってこと。
夢を見過ぎている。楽天的過ぎだ。

ようやく順調に動き始めた矢先に
身内のせいで、広島の仕事から無理矢理引っ剥がされて
受ける本人が無理なのを承知で面接を受けて
挙句の果てにこんな惨めな思いさせられるとはね。
東京の話が出てからのこの約半月。
心も身体も全く休まらない。
もういい。疲れた。


(2)広島勤務最後の日 [(投稿終了)独身平社員異動の顛末]

広島に来て1年ちょっと。
仕事場にも人達にも大分慣れてた。
住んでる場所も環境も、全部気に入ってた。
離れるのはとてもイヤだ。

東京行きは本決まりじゃあない。
中断していた仕事は、主任に引き継がなけりゃいけない。
京都の作業が入ってなけりゃ
5月末に結合テストも終わってたはず。
自分の手で完成させることができずに離れるのはイヤだ。

東京行きの詳細は二転三転する。
どれが真実か分からない。
社長の話の2日後に京都に来た課長から
「ここの契約が5月一杯で終わるから・・・」
は?まだ東京行き決まってないでしょ?
本決まりになってから動かすのが、安全策じゃないの?
今の仕事の引き継ぎ、2日でしろって・・・
ほっぽり出すようで、逃げるようで最悪だ。
確かに下っ端社員だから、断るなんてできないけど
手をつけた仕事終わるまでさせろよ・・・不信感が芽生えた。

土日は京都観光+友達と遊んで、日曜夜に広島に帰った。
次の日、広島出社したら、すぐに引き継ぎ作業。
京都にいる間に
残っていたPG修正とテストケース、内部設計書の作成を終わらせていたから
余裕はあるかと思っていたらとんでもない。
説明前にPGを動かしてみたら、不具合発生。
その修正は結局最終日までかかった。
その日の朝に、6/1に東京の面接の話を聞く。

30日の夕方から、送別会を開いてもらった。
最後の挨拶で、急に我慢できなくなって、泣いてしまった。
途中で投げ出すくやしさと、この職場と広島から離れる淋しさで。

最終日。残る引き継ぎを行う。
主任も次から次へと違う案件を持ってこられるので
純粋に引き継ぎだけができない。
待つ間にPG修正をなんとか終え、21時頃なんとか目処がついた。
同時進行していた、持っている文書の破棄も終えて
PCも再セットアップして全てのデータが空になり
22時過ぎに全ての作業が終わった。

マンションに着いて
終わってしまったことを実感。
思わず深く溜め息をついた。
次の日は朝から東京で面接だ。


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